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2024/05/20 (Mon.)

2016
04
25

Rプロローグ①




技術の進歩とは偉大である。

魔法全盛の時代、技術力のある工房(アトリエ)製の武具の有無が、まさか戦争を一変させるとは考えたであろうか。魔法より、技術が重視される時代になったのである。
その装備品を取り入れた、屈強な魔法航空兵達が空を支配していた時代を、重装甲、重火力、高機動という三拍子の揃った制空戦闘騎が登場したことで、また戦争が変わる事を誰が考えたであろうか。

また、その制空戦闘騎を、より大きな火力と厚い装甲を持つ航空戦艦達が登場したことにより、戦闘騎の時代もまた終わりを告げることを誰が考えたであろうか。
勿論ではあるが、魔法も航空兵も戦闘騎も不要になった訳でなく、相対的に重要度が下がっただけの話ではある。

そして、近代の『魔砲』の登場である。この魔砲の登場により、また戦場が変わってしまった。一部ではあるが、魔法全盛の時代に逆戻りである。
技術の進歩とは偉大である。だから、いつの日か魔砲もまた進歩に取り残される時代が来るのであろうか。



序章


【帝都】と呼ばれる、浮遊大地にある都を、真冬の訪れを感じる白い風が吹き抜けた。年の瀬も迫り、"日暮れの通り"と呼ばれる大通りを多くの人間が行き交っていた。
そして、その通りを厚手の【軍用魔術衣装】(軍用コート)を着た、腰まである長い金髪の少女が一人歩いていた。
年齢十四、五といった体格の金髪の少女は、木やレンガ造りの建物が並ぶその通りをしばらく歩いていると、脇の小道にそれ、そこからまたしばらく小道を進んだ場所の片隅にある、古びた可愛らしい黒猫の看板が架かった食堂へと入っていった。



―喫茶店「天ノ浮橋」―

少女が店に入るのと同時に、暗い店内に橙色のランプの光が灯り明るくなる。人が入ると感知し、中にある"魔石"と呼ばれる動力を通して明かりが点くものだ。
「いらっしゃい……」
カウンター奥の暗がりから、短く白髭を生やした店主が入ってきた少女に声をかける。
「あぁ、アーチェルのお嬢ちゃんか」
店主は少女の事を名前で呼ぶと、茶缶を取り出し、パタパタと紅茶の葉を急須に入れ始める。店に客はおらず、店主とアーチェルと呼ばれた少女だけだった。
「いつも通りに豊秋津産の茶葉でいいかな?」
やさしく店主が問いかけると、アーチェルはコートを脱ぎながら無言で頷いた。
『マスター。お店を閉めさせてしまってすみません』
アーチェルが頭を下げて謝罪を口にする。
「まぁ、この時期だと忙しくて立ち寄る暇も無い奴らばかりだ。お気になさるな……それに、可愛い"我らの魔女様"のお願いとあるならば、断るなんて滅相もない事さ」
 笑いながら店主が答えると、アーチェルは顔を赤くしながらペコペコと何度もお辞儀をした。この二人は旧知の仲で、今回はある用件の為に、店を一晩貸しきりにして欲しいとお願いをしていたのだ。
「それより、デートのお相手がまだ来ていないな……あの真面目な坊ちゃんなら、先に来ると思っていたのだが」
店主が誰に言うでもなく独り言を呟くと、店の入り口の扉が「ギギッ」と鳴りながら静かに開き、一人の青年が入ってきた。青年は大きな黒い鞄を手に持ち、アーチェルと同じ厚手の軍用衣装を着ている、顔立ちの良い若い将校だった。
「遅かったな、アインス君」
店主がアインスと呼んだ青年に声をかけると、青年は「どうも」と言いながら、にこりと笑って会釈をした。
「では、そろそろ私は奥で寝させてもらうよ。終わったら呼び鈴を鳴らして起こしてくれ。後、何か食べたくなったら、店にある食材とかは好きに使って構わないよ」
「ありがとうございます。マスター」
アーチェルが店主に謝辞を述べると、笑顔を見せながら店主は店の奥に消えて行った。二人が奥に行く店主に向かって礼を終えると、アインスは背筋を整えアーチェルに敬礼した。
「遅れて申し訳ありません、少将」
『遅れていませんよ、大佐』
 時間通り来た青年を咎めることはせず、アーチェルはこの場所に集まった目的を促した。
『では、例の物を頼みます』
「ハッ!」
 アインスは敬礼し、手にしていた黒い鞄を取り出してカウンターの上に置き、素早く指を「パチッ」と鳴らすと、鞄に掛かっていた鍵が軽い金属音と共に外れた。そして、アインスが中から機密と書かれた書類数枚を出すと、カウンターの上に広げていった。
 そのテキパキとした動作をアーチェルは眺めながら、「いつもながら手際のいい、優秀な副官だ」と内心つぶやきながら、広げられている書類を眺めながら手元にあった一つを取った。
アインスが次々と書類を取り出して広げている横で、アーチェルは懐の片眼鏡を取り出すと、早速書類をつぶさに見ていった。

『ふむ……なるほど……ねぇ』
 一通り読み終えたアーチェルはため息交じりに呟いた。
『今更だけど、こんな小娘一人に、帝国軍の優秀な人材の選出を任せるというのはどうかと思うのだけど』
書類には、色々な軍人の略歴が書き連ねられ、アーチェルはそれを両手で交互に見ていた。
「光栄な事だと思いますよ」
 同じく、書類に目を通しながらアインスは答えた。
『確かに光栄だが、一個艦隊分の人材をある程度好きに配置させるとは……こんなことをさせるなんて、元帥も意地が悪いと思うね』
アーチェルは不平を口にしながら、半ば投げやりに両腕を挙げ「万歳」を作っておどけてみせた。
今、二人が行っているのは一個艦隊分の人材選定だった。本来ならば人事部が決定する事なのだが、「ある程度の選定は好きにしろ」という"鶴の一声"があったおかげで選定作業を進めているといった状態だった。
『……本来、私は艦隊指揮ではなく、連合中枢艦隊付の大型戦艦を任される予定だったハズだが』
 独り言を呟きながら、アーチェルは頭を抱えて肘をテーブルに突いた。
『三日前に少将になんてされてしまってからというもの、碌なことが無い』


―帝国軍駐留基地「キビノ島」―

時を遡ること六日前、帝国本土周辺にある【キビノ島】と呼ばれる小さな島の基地にある士官宿舎で寝ていたアーチェルは、休暇中に基地の本部から連絡があるということで、基地にある狭い管制室に呼び出されていた。
大抵の軍事施設ならば、遠距離通信可能な魔力端末が有り触れているのだが、小規模で戦略的価値が低いという理由でキビノ基地の設備投資の予算が下りず、他の基地からの連絡には、わざわざ管制室に出向かなければならなかった。
『で、何の用だか知っているかい?中佐』
「さぁ?私にきかれても皆目検討がつきません」
アーチェル大佐と、一緒に呼び出された彼女の副官を勤めるアインス中佐は、互いに首をかしげた。二人は、半月前にキビノ島配属を言い渡されたばかりで、暫くはこのキビノ基地で職務にあたるはずだったからだ。
 管制室は二人の他に数人の通信専門の魔航士が常駐しているだけで、端末から出る起動音が響いているだけだった。
しばらくすると、一人の魔航士から「通信が入りました」という連絡があり、別の魔航士から指のジェスチャーがあると、エーテルモニターに愛嬌のある老人の顔が映った。
「二人ともまた呼び出してしまってすまないねぇ」
その場にいた二人は即座に起立、敬礼をして直立した。モニターに現れたのは、二人にとって見慣れた軍本部直属の参謀将校、ワニ少将であった。
「いやぁ……伝言だけなので、そのまま聞いてもらってかまわないのだが……まぁいい、用件だけ伝えるとしようか」
やや笑いながら、老人はゆっくりとした口調で話を続けた。
「そっちにある端末に用件は送っておいた。それは確認するだけでいい。後は、三日後の…ぉ…十九日に統合作戦本部まで足を運んでくれ。詳しいことはそこで話す」
『はっ!了解しました』
「では、それだけだ。ゆっくりしているところ済まなかったなぁ……では、また三日後に」
参謀将校は笑みを浮かべて敬礼すると、モニターに映った顔が消えた。
アーチェルは本当にそれだけの事なのかと内心思いつつ瞬きをしていると、ジジジ…という音が聞こえてきた。音の方向に目をやると、印刷用端末が「ジジジ…」と鳴りながら
紙を印刷している所だった。
しばらくして印刷が終わると、先ほどの魔航士がアインスに印刷された紙を手渡し、そこに書かれた用件を見たアインスは、苦笑いといった顔をしながらアーチェルと用紙を交互に見た。
「これは、簡潔に書かれていて解り易いですね……なんと言ったら良いか……いつもながら、あの方らしいですね」
そう言いながら紙をアーチェルに手渡すと、その用件を見たアーチェルも片眉を上げてため息をついた。
『流石、ワニ少将というのかな……どうでもいい部分とか、身内相手の時の対応はスライムより柔らかくなる』
先ほどモニターに映った参謀将校のワニ少将から送られた文に、二人は何とも言えないといった表情を浮かべていた。
印刷された文章にはこう書いてあった。
「先オメ!本部の第八会議室、十二月十九日一二○○時。時間厳守ダゾー?」
とても軍人が、まして少将という立場の人間が出す文章には見えなかったが、事実としてこの文章が送られてきたのであった。
「内容はともかく、先オメ……ということは、何かを祝っていると言う事でしょうか?」
『だろうね。内容は行ってみてからだけど……そろそろ私専用の戦艦が完成したって事かな?』
「そうなれば、いよいよ大佐も本領発揮でしょうか?これであの方との約束も果たせそうですね」
『そうだね。軍に入ったのもその為といえばその為だしね。まぁでも、新型受領となればしばらくは調整とかでまた忙しくなりそうだ』
 自分用の戦艦の事を考えていると、アーチェルは苦笑いから自然に笑顔に戻っていた。
 元々、アーチェルは航空戦艦を操縦する魔法将校として育成され、かなりの特別待遇で軍に所属している。しかも、特別枠のうちでも特別だった為、色々な制約こそあれ、この若さで大佐という地位に就いていた。もちろん、ただ特別扱いを受けただけというわけでなく、すでにいくつかの戦果も残してはいた。
『ところで、このあと火薬と魔銅製の備品を買いにいきたいのだが……手伝ってくれるかね?』
「かまいませんよ」
躊躇うことなくアインスが返答すると、アーチェルは誘った事を少しだけ後悔した。アインスは嫌だとは絶対に言わない性分だという事を失念していたからだ。誘うなら、「買い物に出るから」とでも言って意思を問えば良かったと言葉にした後に反省をした。
『それでは、このまま行くとしよう。喫茶の甘いのくらいならご馳走するよ』
アーチェルは、引け目を感じた自分への言い訳を含んだ提案をしたが、
「お気遣いは無用ですよ。備品となれば皆も使うものですので」
笑顔でアインスは断った。
『上官の言うことは聞くものだよ?』
「そういうことであれば……大佐、お供します」
本気なのか冗談なのかわからないが、敬礼しながらアインスは答えた。アーチェルは無理をさせないように早めに切り上げると思いつつ、出かけたのであった。


―帝国本土「統合作戦本部舎会議室」―

召集から三日が経ち、統合作戦本部舎まで来た二人は本部にある第八会議室に来ていた。
『そろそろ十二時。さて、そろそろか……』
腕時計を見ながらアーチェルがそわそわとしていると、会議室に威厳を纏った真っ白なヒゲを顔に携えた煌びやかな将校服の老人と、この場に二人を呼んだワニ少将が入室してきた。
「久しぶりだな、アーチェルちゃん……と、アインス君」
入室と同時に口を発したのは真っ白なヒゲの老人だった。その顔から、獅子を連想させるような人物だ。
『お久しぶりです。オオクニ元帥』
アーチェルとオオクニはよく知る仲で、軍にアーチェルを招いたのはオオクニ元帥その人である。それが理由で、軍内においてアーチェルはオオクニの秘蔵っ子とも言われている。
「ハハッ!そう畏まる必要もない。ここにはこの四人しかおらんしな」
元帥は大きく笑って答えると、椅子の一つに腰掛けた。
「真面目な部下を持って……私は大変嬉しく思いますよぉ」
横にいたワニ少将がボソッと半笑いしながら誰もいない方向に呟いた。そして、それを聞いた元帥は「お前には言われたくない」といった感じで咳払いをすると、真剣な目で元帥は話し出した。
「では、呼び出した用件を伝える」
低音の声が四人しかいない静かな室内に行きわたると、アーチェルとアインス両名は反射的に背筋を伸ばして身構えた。
「アーチェル大佐、現時刻をもって少将に昇進とする……おめでとう」
 昇進が言い渡されると、横にいたアインスとワニも「おめでとうございます」とアーチェルを祝った。事前にワニ少将の奇抜な文章の連絡があったからか、特に昇進を言い渡されても、アーチェルは驚かなかった。しかし、昇進したということに若干の違和感のような嫌な予感を感じていると、続く元帥の言葉でその予感が的中することになった。
「……そして、少将には新設の帝国軍第十七艦隊の司令官に就任してもらうことになる」
 それを聞いたアインスは驚きで目を見開き、アーチェルは突然の大抜擢に『それは』と声を上げて驚いた。
そして、すぐにアーチェルは訳がわからないといった顔でオオクニに聞き返した。
『元帥、それが正式に決定したことなら従います。しかし、自分が司令官になるより相応しい方が幾人もいると考えられますが……どうして私なのですか?』
 アーチェルとしては、他の優秀な人材が沢山いる中で「何故自分?」という疑問と、軍に入ってから日が浅く、まして特別な待遇だからこそ高い階級にいる自分が司令官になるというのは納得できない。そういった心境から出た言葉だった。
しかし、元帥から返ってきた言葉はそうは言っていなかった。
「いや、特に問題なかろう。実力はワシらのお墨付きだし、何しろ現代に甦った【帝国の魔女】と言われるお前さんなら、それこそ何も問題ない」
 オオクニは、自分の胸を二回ほど手で叩いて快活に笑った。
 【帝国の魔女】とは、大昔に実在した大魔法使いの事である。攻め入ったいくつもの敵国を、少数の手勢で打ち破った等の数多くの逸話が存在し、今でも数多の英雄像の中でも特に人気の高い人物として、多くの絵画や著書に書かれるような人物である。
アーチェルは幼少の頃に魔法の才能をオオクニに見出され、その魔力素養と魔術センス、魔法知識から、【帝国の魔女】の再来と軍と一部界隈で話題になっていた人物である。そのプロパガンダとして広まっている【帝国の魔女】の再来という二つ名があるから、看板として問題無いと言う訳である。
『しかし……』
アーチェルが言葉に詰まっていると、オオクニは子供を諭すように話し出した。
「年の事とかは気にせずともいい。昔、才能のある人間が君の年齢くらいで艦隊司令官となった者が少なからずいる。それに、何もお前さんだけが新司令官になるというわけでない。先の会戦での損失補充で、艦隊を新設して戦力を増やさなければいけないのだよ」
 しかし、それを聞いてもアーチェル自身はあまり納得した表情はしなかった。
「それに、先の会戦では大活躍だったじゃないか」
 先の会戦、帝国領へ侵入した共和国軍の迎撃・殲滅作戦で、元々アーチェルが所属していた第十五艦隊の司令官が、共和国軍の猛攻に晒され戦死してしまうということが起こった。その際、総崩れになりかけていた艦隊を代将としてアーチェルが撤退の指揮を執り、全滅を免れるという功績をあげていた。この時の活躍から、軍内だけでなく、元々の二つ名【帝国の魔女】が、世間一般で有名になったのだ。
「君の手腕を疑うものはおらんよ。君に命を救われた人間も多くいる」
 そこまで言うと、元帥はアーチェルを伺う様に顔をのぞいた。
 アーチェル自問自答をしているのか、目をつぶり、眉を顰めてピクピクと動かしていたが、ふいに見開いて元帥に答えた。
『……わかりました。誠心誠意、第十七艦隊司令官として職務を全うします』
 敬礼をしてアーチェルが答える、
「うむ、よろしい」
オオクニは大きく頷いた。
そして、一連のやり取りを見終わったワニが、後ろに腕を組みなおしてアインスに話し始めた。
「……それと、アインス中佐。君もこの後に大佐に昇進だ。君も大活躍だったし。本当だったら戦闘騎隊でも率いて欲しいところだが……まぁそうもいかんか、副官として頑張りたまえ」
「了解しました」
 アインスは目を鋭くしながら敬礼した。
 アインスの敬礼が終わると、オオクニが手で四角を描くジェスチャーをしながらワニに問いかけた。
「あぁ……先ほど言っていた事ですね。わかりました、すぐに用意しておきます」
「まぁ、3日後までにはまとめて渡してやって欲しいな」
 そんなやり取りをオオクニとワニがしていると、アーチェル達は何のことかと会話をしている二人の顔を見ていた。そして、それを感じたオオクニが、アーチェル達に何事かを説明をしだした。
「君達には艦隊を一つ任せるのだ。それならば多少なり人選は任せようと思っているのだ」
 それを聞いたアーチェルは、「またとんでもない事をやることになった」と心の中で思いながら天を仰いだ。それとは対称的に、アインスは笑顔の絶えない表情で心なしか喜んでいるように見えた。
「近日中にワニ少将から君達宛てに書類が届く。それと、候補に挙がっていない人材でも問題が無ければ融通は出来るので、その際は言うように。勿論だが、有名な奴らは許可が下りる事はほぼ無い。だからまぁ、そのつもりでいてくれ」
簡単に説明し終えると、オオクニは椅子から立ち上がった。
「本当ならば、この後ゆっくり昼食とでも行きたいのだが……何分、私も忙しいのでな。これで終了とする」
 首を左右に振りながら、残念そうな声でオオクニは言った。
『そうですか……残念です。次の機会には、私の手料理をご馳走しますね』
「そうしてくれると有難いな」
 オオクニは、孫をみる爺の様な顔でアーチェルをみると、軽く敬礼しながらワニと共に会議室を後にしていった。
 そのうしろ姿にアーチェルとアインスが敬礼をし終えると、アインスが口を開いた。
「考えていた事以上の抜擢で驚きましたが、これは楽しくなってきましたね」
 ワクワクしているといった表情でアインスはアーチェルに問いかけた。
『私としては、考えていた以上におかしな事になって頭が痛くなってきたよ』
 対称的に、「本来自分が落ち着く所」以上の役を任されたアーチェルは、おもちゃの人形の様に頭を上下に振りながら、今後の思案を巡らせ始めた。


―喫茶店「天ノ浮橋」―

 選定を開始してから数刻が経ち、外も真っ暗になっていた。いくつものランプが煌々とつく中で書類を見ている二人は、時たま言葉を交わし、「この人物は……」「こちらも悪くない」といったような会話続けていた。
『そろそろ決まってきたけど、定評のある人ほどちょっと逸話があるね』
「確かにそうですが……やはり、優秀で素行の良い人材は誰も手放したくは無いでしょうから」
 アインスはもっともな意見を述べた。
『まぁそうだけど……とりあえずこの中からだと、ミラノ中佐とクリューヴェル大佐。参謀畑からは、ミカガミ大佐とアマミヤ少佐を招くかな』
「なるほど、確かにこの書類からだとその選択が最良のようですね」
 顎に手を当てながらアインスが答えた。
「では、ひとまず確定した人員だけは端に寄せて、最後の詰めの選定を行いましょう」
『そうしたいが……大佐、そろそろ私は入れたての温かいお茶でも飲みたい。それにお腹もすいた』
 選定しはじめてからかなり経っていた為、そろそろ小休止がしたいとアーチェルは提案した。部屋にあった柱時計を見ると、お腹が空くには十分な時間が過ぎていた。
「これは気づかずに……では、せっかくなのでサンドイッチでも作りましょう」
 アインスは書類をテーブルに置き、「お茶はもう少しお待ちください」と言って、夜食の支度を始めた。
 アーチェルは、ポットに火をかけ夜食の準備をするアインスを横目で見つつ、書類の山を何も考えずに眺めていた。
『この選定が終って配属が完了したら、しばらくは艦隊の運用訓練なのかな?』
 何の気なしにアーチェルはアインスに訊くと、取り出したトマトを輪切りにしつつ、アインスは答えた。
「恐らくは……まさかいきなり新兵を連れて実戦に駆り出されるということは無いとは思いますが」
『そうだといいんだけどね』
 やや含みがある言い方でアーチェルは呟く。
『新設する艦隊は私達を含めて三つ。前会戦の損失を考えてか、予算が多めに下りたらしい。補填数として確かに十分だが……』
い。補填数として確かに十分だが……』
「いかんせん新設ばかりで覚束ないといったところでしょうか?」
 大きなハムを、小型のナイフで器用に切りながらアインスが答える。
『どんなベテランであろうと最初があるのは事実だが、いざ自分が先導するとなると、少々気後れがしてね』
 やや自嘲気味にアーチェルが笑うと、アインスも「それはお気になさらず」と言いつつ小さく笑った。
 そうしている内にアインスがいくつかのサンドイッチを作り終えると、火にかけていたポットも沸いたらしくグツグツという音を出していた。
「では提督、夜食なのでこちらにいらしてください」
 アインスがポットのお湯を茶葉の入った急須に入れつつ、移動を促した。
『では、そうしよう』
 アーチェルが頷きながら言うと、別の卓に移動する。そして、簡単ではあるが、綺麗に盛り付けがされたサンドイッチが視界に入った。
『流石は大佐。昔から料理が上手いだけある。この短時間でこう見栄え良くは私には作れないよ』
「ありがとうございます。それ程でもありません」
 湯飲みにお茶を注ぎながら、肩をすくめて笑顔でアインスは感謝を告げた。アーチェルとアインスの付き合いは古く、親同士が知り合いで仲が良かった為、よくアインスがお守りをしていたことがあった。その時から、簡単なおやつや手料理を作るのが非常に上手であった。
『では早速……』
 アーチェルはサンドイッチに手を伸ばし食事を始め、一通り作業を終えたアインスもアーチェルの向かい側に座りお茶を飲み始めた。
結局この後、翌朝まで選定作業が続き、アーチェルとアインスの両名は眠い顔をしながら選定結果を提出しに行くことになった。

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2016/04/25 (Mon.) Comment(0) 自作小説

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創作しかやらんですので、興味ない人多そうだー。
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